ベストセラーとなった『世界の中心で愛を叫ぶ』に触発されたからでもないでしょうが、「日本の中心はどこか」という質問がありました。
政治・経済を始めとして、様々な中心はもちろん東京です。ただし、高校野球となれば兵庫(甲子園)でしょうし、高校ラグビーならば大阪(花園)でしょう。分野が変われば、中心もまちまちです。
では、地理上の「日本の中心」はどうなるのでしょうか。
地球上で位置を表すには、緯度と経度が用いられます。緯度は、北極点と南極点を90度とし、両極点からの中点を結んだ0度の線を赤道としています。南北に比べて、東西の客観的な基準は見あたりません。東西の基準をめぐっては、世界の植民地支配をリードしていたイギリスとフランスが争い、最終的にイギリスを通る経線を0度とした経緯があります。
経度が15度ずれると、1時間の時差が生じます。15度の整数倍となる東経135度は、日本標準時(イギリスとの時差は9時間)であり、日本を縦切る代表的な経線となっています。
一方緯線では、北緯40度や35度の線が日本を横切っています。そのうち北緯40度は秋田県と岩手県を通っていて北寄りなので、東海・近畿・中国地方を通る北緯35度を日本を横切る緯線の代表とします。
この東経135度と北緯35度の交わる地点が、世界地図上でも分かりやすい「日本の中心」と言えましょう。この地点にあたるのは、兵庫県の西脇(地図中のA)です。
西脇では、それまでの岡之山公園を「日本へそ公園」と改称したり、「日本へそ公園駅」が開業したりと、「日本のへそ」を積極的に宣伝しています。
日本の東・西・南・北それぞれの端から、中心を算出する方法もあります。
日本政府の発表では、東端が南鳥島(東経154度)、西端が与那国島(東経123度)、南端が沖ノ鳥島(北緯20度)、北端が択捉島(北緯46度)となっています。そのうち沖ノ鳥島は、国際的には「島というより岩ではないか」と論議の的になっています。択捉島は、日本とロシアが領有権を競っています。南鳥島は、長らく無人島の状態です。
そこで、実質的な東端を北海道の根室半島(東経146度)、西端は沖縄の与那国島、南端は沖縄の波照間島(北緯24度)、北端は北海道の宗谷岬とします。これらの数値をもとにして中央値を求めると、東西の中央は東経135度、南北の中央は北緯35度となります。またしても、西脇が「日本の中心」となりました。
これで確定と思いきや、国土地理院は日本政府発表の東西南北端点を基に、「日本の重心」を東経138度、北緯38度(地図中のB)と算出しています。その地点は能登半島と佐渡島の間の日本海になります。海の上では目印もないでしょうが、能登半島の先端には「日本列島ここが中心」の碑が立っています。
一方、「日本中心の標」の石碑が立っている所があります。長野県辰野町の山の中だそうです。東経138度、北緯36度の地点(地図中のC)です。根拠ははっきりしませんが、長野県が47都道府県の中央に位置し、その長野県の中央を東経138度、北緯36度の線が通るからでしょうか。
長野県の松本(地図中のD)には、「本州中央の地」の碑が立っているようです。
本州の中央に位置する石和(地図中のE)には、昔から「要石」があり、これが日本列島の中心を表しているのだそうです。
県単位ではなく、数量的にという考えによれば、中心は栃木県の田沼(地図中のF)となります。北端を北海道の宗谷岬、南端を鹿児島県の佐多岬とすると、中間は北緯37度です。その北緯37度が本州を横切る線上の、東西の中央にあるのが、「日本列島中心の町」田沼です。
数量的プラス図形的に考えるべきという意見によれば、中心は群馬県の渋川(地図中のG)になります。北海道の宗谷岬と鹿児島県の佐多岬を結ぶ線を直径にすると、その中点が渋川となり、渋川にコンパスの針を置けば、日本列島が円の中におさまるのだそうです。また渋川には、坂上田村麻呂が定めたという「臍石日本」もあります。
コンパスを用いるならば、中心は千葉県の銚子(地図中のH)で決まりという意見もあります。コンパスの針を銚子において円を描けば、日本列島がすっぽり入るからというのが理由です。作図してみますと、確かにうまく入ります。そうなると、銚子が「日本列島の中心」と言えそうです。
調べれば調べるほど、「日本の中心」が増えてきます。「日本の中心」は、全部でいったいいくつあるのでしょう。数ある「日本の中心」から、一つにしぼり切ることはできるのでしょうか。