ディキンズは『百人一首』の一つを次のような英詩にしています。
Thy love hath passed away from me
Left desolate, forlorn-
In winter-rains how wearily
Thy summer past I mourn! 注 Thy = Your / hath
= has
同じ短歌を、ポーターは次のような英詩にしています。
The blossom's tint is washed away
By heavy showers of rain,
My charms, which once I prized so much,
Are also on the wane, -
Both bloomed, alas! in vain.
ディキンズの『JAPANESE LYRICAL ODES』は1866年の出版で、ポーターの『A
Hundred Verses from Old Japan』は1909年の出版です。43年の年月を経て、内容が豊かになるとともに、脚韻なども整えられて、音感が美しい詩になっています。
それからさらに、47年後の1956年に、本多平八郎が『ONE HUNDRED POEMS FROM ONE HUNDRED POETS』を出版しています。
As in the long and weary rain
The hue of flowers is all gone,
So is my young grace spent in vain
In these long years I lived alone.
英訳されたこれらの三つの詩の原歌は、『百人一首』第九番の小野小町の短歌です。
花の色は うつりにけりな いたづらに
わが身世にふる ながめせしまに
「ふる」は「降る」と「経る」「古る」の懸詞であり、「ながめ」は「長雨」と「眺め」の懸詞です。「花(桜)は、長雨が降っている間に色あせてしまった」と「私の容姿は、人々の生きざまを眺めて年を経るうちに、衰え、古びてしまった」の、二つの内容が織り重なって歌われています。
ちなみに、千葉千鶴子による『百人一種の世界』の口語訳詩は次のようになっています。
桜の花は色褪せし
空しく雨の降りつづく
この身もすでに若くなし
愁いの涙も小止みなく
独りの夢を重ねつつ
思いは深くなりまさる
花の美しさも女性としての美しさも、盛りがあれば衰えもする、そのはかなさが、英詩としてみごとに表現できているのには驚きます。とは言え、懸詞や枕詞などの技巧は和歌独特のものであり、英詩にする際には困難を極めたことでしょう。ポーターはそれに関して次のように述べています。
It is necessarily impossible in a translation of this kind to adhere
at all literally to the text; more especially as Japanese poetry abounds
in all sorts of puns, plays upon words, and alternative meanings, which
cannot be rendered into English.
和歌を原文通りに訳することはできませんし、和歌に含まれる語呂合わせや言葉の遊びなどを英語に置き換えることはむずかしいでしょう。
しかし、その困難にあえて挑戦して、すばらしい英詩ができあがっています。
言葉遊びの典型的な例として、第二十二番の文屋康秀の短歌を見てみましょう。
吹くからに 秋の草木の しをるれば
むべ山風を 嵐といふらむ
「山」と「風」の二つの漢字を組み合わせると「嵐」という漢字になるという主題に基づいています。ただし、単なる漢字の組み合わせのおもしろさだけでなく、「嵐」は「荒し」を掛けてあるとすれば、荒々しい山風が吹いて草木が萎えていく、もの寂しい風情を描写した叙景歌でもあります。
この文屋康秀の短歌を、ポーターは次のような英詩にしています。
The mountain wind in autumn time
Is well called ‘hurricane’;
It hurries canes and twigs along,
And whirls them o'er the plain
To scatter them again.
hurries と canes を組み合わせて hurricane にするなど、「山+風=嵐」に勝るとも劣らない言葉遊びが、展開されています。
それだけではありません。ポーターは5音7音5音7音7音の31音からなる短歌の形式を基に、8音6音8音6音6音の独自の韻律を編み出しました。一行目の母音は8、二行目の母音は6、三行目の母音は8、四行目の母音は6、五行目の母音は6という韻律です。
さらに、二行目、四行目、五行目の最後の単語に脚韻を踏んでいます。小野小町の詩では rain,
wane, vainに、文屋康秀の詩では hurricane, plain, againに。
このように8音6音8音6音6音のリズムを持った五行詩として、『百人一首』は独自の英詩体系 Hyaku-nin-isshu
へ昇華されているのです。