「学力が低下」している実態に合わせて、学習対象の量を減らすべきだという考え方に基づき、小学校や中学校での学習範囲がどんどん狭められています。

 十年前の数学の改訂で連立不等式が高校の課程へ移り、今回の改訂では不等式そのものまでが中学の課程からなくなってしまいました。このように学習対象の量を減らせば、学習効果は上がるのでしょうか。

 ある一定の時間内に覚えるという条件の下では、学習対象の量が少ないほど覚えやすいでしょう。漢字五個を覚えるのと、漢字十個覚えるのとでは、五個の方が楽に決まっています。ただし、それはあくまでも機械的に暗記する場合に限ってのことです。

 漢字は、一字一字独立して存在しているわけではありません。様々な別の漢字と組み合わされ、熟語として使われています。一個の漢字を、一個だけ単独に書けるようにするだけでなく、様々な熟語を調べ、いろいろな用例を知ることによって、一個の漢字は数個の漢字とともに覚えることができます。また、数個の漢字といっしょに学ぶ方が、覚えるのに効果的ですし、定着します。

 このような学習に役立つのが、国語辞典や漢和辞典です。

 一つの漢字を調べようとすれば、その漢字の意味だけでなく、その漢字を使った熟語や漢字の成り立ちなどもわかります。と同時に、その漢字の前後にある別の語句も目に入り、思いがけない語句の道草ができます。

 同じ読み方をする熟語の違いを知ったり、同意語、反意語などを経て、当初調べようとした漢字からすっかり離れてしまうこともあります。こうなると、語句の道草どころか、語句の旅になってきます。覚えようとして次々と新しい語句に当たるわけではないので、気楽に進めます。

 こうして一個の漢字から数個、数十個の漢字と結びついた方が、一個一個の漢字を単独に覚えようとするよりも、印象深く覚えられるようです。

 国語辞典や漢和辞典と並んで漢字の学習に効果的なのは、様々な文章を読んでみることです。学年ごとに割り当てられた漢字を使用した文章だけでは、読む楽しさも限られてしまいます。

 学園では、新聞記事や本の文章を載せた『ものしり瓦版』を毎日発行しています。読みにくい漢字も多く、意味が分かりにくい語句も含まれているのですが、むずかしい漢字でも二、三回目に出てくるころには読めるようになってきますし、文章の流れから意味もなんとなく推測できるようになります。

 

 漢字を習ったことのない幼児達が、漢字にどう反応するか調べた研究があります。

「鳥」と「鳩」と、どちらを先に読めるようになったと思われますか。

「鳩」は中学までに覚える範囲にも入っていない漢字ですから、「鳥」の方が先に読めるだろうと予想しがちです。結果は、「鳥」よりも「鳩」の方が先に読めるようになったそうです。

 幼児達にとって、「鳩」はよく見かけるハトを表していると分かれば、理解は早いのです。それに比べて「鳥」は何のトリかはっきりしませんから、分かりづらいのでしょう。

 「鳩」は「鳥」と「九」を合成してできている漢字だから、「鳥」を覚えてから「鳩」を覚える段階に移るだろうという予想は、みごとにはずれてしまいました。

部首とか総画数などで、漢字の覚えやすさが決まるわけではありません。一見したところ複雑そうな漢字でも、自分の興味に合っていたり、具体的なイメージがつかめれば、わりと簡単に覚えられてしまうのです。

 トリに興味があれば「鶏」や「鶴」、「鷹」なども覚えてしまうでしょうし、寿司が好きなら「魚」よりも「鮪」や「鰯」、「鰹」の方が覚えやすいでしょう。

 小学二年の塾生が、漢和辞典を読みながら語句の旅を楽しんでいます。

 そのうち一画から順にめずらしい漢字をノートに整理しだしました。

   h コン

   丶 チュ

   亅 ケツ

    ア あげまき

      ・

      ・

      ・

 そして、ついに三十三画の漢字を見つけだしました。

    ソ あら(い)

 その後学園に来るたびに、「むずかしい漢字知ってるよ」と言っては、を書いて見せてくれるのでした。